リリースから少し経ってから書いたものがぽこっと出てきたのでお蔵出し。
イツエは解散してしまったけれど、この音楽の美しさは永遠に滅びない。

-------------------------------

「今夜絶対」


ここには、不確かを叶えるための祈りのような決意が込められている。
「今夜絶対」は、1曲めこそ予測不能な仄暗いモノローグだが、曲順が進むにつれだんだんと息を吹き返し、ラストに確実に魂の解放を呼ぶ、意志の強いアルバムである。
イツエの武器は、芯が通りながら伸びのよい瑞葵のボーカルと、どこか懐かしい感情の原風景を突くようなオルタナティブ・ロックを基調にした音楽性、静と動の同居するドラマティックな曲構成だと思っている。前作までも十分にインパクトはあったが、今作では格段にキャッチーに、でも以前までの良さを失わず全方位パワーアップした作品に仕上がった。

「告白」から「ネモフィラ」の流れは、泣きそうなほどにこちらの感情の芯を揺さぶる。ワルツのリズムとおとぎの国に迷い込んだような不思議な感覚に陥る。いつかの春に見た、青に染まった花畑を思い出す。
追われているかのような性急なイントロから、瞬く間にめくるめく曲の心臓へと引きずり込まれていく「螺旋」や、からかうようなボーカルに思わずときめいてしまいそうでありながら、ラストへ向かう言葉の羅列は巫女のような効果を感じさせる「10番目の月」。将来や今の自分に漠然とした不安を抱く高校生に”おやすみ”を告げるような、やさしい言葉とやさしい歌とやさしいリズム・ダンス・ロックの「グッドナイト」。

正直捨て曲なしの名曲ぞろいのアルバムなのだが、これだけは語れずに終われないのが「名前のない花束」。屈指の美しさを持った名バラード。荘厳な教会の鐘のような音が印象的なイントロを抜け、母性にも似た誠実な愛の言葉を確実に積み重ねていくサビ前。徐々に飛翔していく麗しいサビ。さらに間奏後、愛と切実に向き合おうとする展開は無条件に感動してしまう。

『今夜絶対』が捧げる祈りは、言葉が現実になることだろうか。

《わたしは全てを赦す/そしてわたしは赦される》(ネモフィラ)
《持てる全て詰め込んだ花束を/贈るため生まれてきた/わたしは生まれてきた》(名前のない花束)

だれにも届かない思いを持ち続けることは虚しい。誰かに届け、切実な思いが思いごとだれかに届いて欲しい、という人間の根元的欲求。言葉という媒介は本当はいらないのだ。個の単位ではなく意識の世界での愛のやりとりがしたい。そのまま全て、それだけで。

祈りは夜に、空へと届く。