always see you in dream

だいたい自分のブログもまともに気まぐれにしか更新しないのに、なぜ合同ブログに参加してしまったのかって、それは自分の思い切りでしかなくて、偏愛を披露する(そして無視される)場所が欲しくなってしまったが為のこじらせ行為かも知れない。

とりあえず自分の過去の記事をそろそろ忘れそうまとめたくなったので、 リンクまとめを置いておきます。随時更新予定。気が向いたら中身をしれっと普通の記事にしてしまっているかもしれません。えへ。


2015-12-02
わたしの好きな音楽
(備忘録:50番め SOPHIA『マテリアル』)

2015-07-03
2015年上半期ベスト by やや

2015-06-19
6/6 浜崎あゆみ@代々木第一体育館続きを読む
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「こんな日が来るなら、もう幸せと言い切れるよ」
そう冠されたツアータイトルをそのまま感想とできるこの感慨。大変よい夜だった。

以前ワンマンに行った、いやフェスも含めて、彼ら自体を観るのが2014年8月ぶりだった。それまでの密度を考えれば考えるほどに何故いまタイミングが合致したのかよくわからないほど、長い待ち合わせを経て、彼らから離れた時間と彼らを求める時間の先がふたたび重なった。

ツアー初日の公演だったのでネタバレは避けるが、初っ端のあの曲に殺されて(平日18時半開演、会社早退してよかった!!!!!!)、その後も最新アルバムの曲やみんなが聴いているヒット曲をこれでも足りない?と言わんばかりに次から次へと投げまくっていたし、「世間はどうせこういう曲が好きなんでしょ?」というあの曲以降はエモが爆発して、美しく燦々と全わたしが散った…。ライブの純粋な感想としては、散々言われていることだけれど映像っぽいバンドだなあとあらためて実感した。楽器チェンジが多くショートフィルムの集合体みたいだったんだけど、演出に筋が通っているからすべて終わってから思い返すと大きな映画を観たような気分。ラストのあの曲、いちばん最後の演出が本当に美しかった。

軽くネタバレになってしまうけれど、前に観ることができたツアーの自分の感想を読み返すと、そのときの展望が見事に叶えられていたセットリストだということに気付いた。「もっと普通の歌を歌えばいいのに」。そしてさらに、今回のツアーで普通の歌だけでも全然クリープハイプらしさは失われず充実感と満足感を与えてもらったということにも気付かされた。これって、彼らがしぶとく生き続けてきたことが間違ってなかったことの何よりの証明なのではないだろうか。つまり、もう、彼らは大丈夫なのだと思う。心配ない、あなたの好きだったバンドは、いまここで大丈夫だよ。


イライラした日はとくに初期のアルバムを再生することが多いし、観るチャンスさえあればいつでも観たいと思っているバンドのひとつではあるのだけど、ワンマンはとにかくチケットが当たらなかったり、日程が合わなかったりして5年弱も間隔が空いてしまった。新譜が出るたび聴いているし、フェスでも日割りをチェックしてほかに見たいバンドがいくつかあれば参戦日にしたいと常に候補バンドには上がっているのに、不思議とここしばらく縁がなかった。

ライブが進むにつれ、24歳で出会って、25歳で好きでいることが恥ずかしくなって、27歳でついに離れたわたしの心の揺れについて思い返していた。共感して愛そうとしたのに客観を手に入れ好きと言いにくくなり、批判側に回ってしまい観ないふりを決め込んだのだったと思う。おいおいあゆに対してと一緒じゃん(浜崎あゆみ関連の記事をどうぞ)。じつは尾崎世界観と浜崎あゆみはわりと通じるところがあると前々から思ってるんだよね。自分をどう見せたいかが違うだけで。でも掘り下げる体力と時間はないのでちょっといまはやめておくけれど。変わってしまったのはわたしのほうだ。

だから自分の中では、数年前に好きのピークがあったバンドという事実は残念ながら揺るがない。今回のライブも観ている間中「こういうとこ、これやりがちだよな〜」などと元彼批評をしているような気分だったし、途中からこちらも盛り上がって、そうそうこれ知ってる!ここが最高なの!元彼とワンナイトしてる気分だぜ!うひょう!などと思っていたんだけど(実際は知らん)、その盛り上がりも長くは続かなかった。だんだんと楽しいのにさみしくなってきてしまった。MCどおりで悔しいけれど、どうでもいい人なら楽しいだけなのにね。だんだんと、一緒にいることがさみしい。楽しさが増すほどに終わりが見えてきてしまうから。

知らない時間に積もっていた、尾崎の、たぶんなにがしか変わりたいとも思ったんだろうけれど、変われないことの人間らしさが、その不器用の積み重ねへの愛おしさを、ライブ中のわたしの内部にむくむくと芽生させえていった。変われなかった数年間を経てもなお変わっていなくて、いつまで経っても周りの目ばかりを気にして、不器用で自分に自信がない。そして情が深いところ。ねえ、それ知ってる。

ほんとうに素敵な夜だったなあ。またいつか、近いうちに会いたい。だけど会いたくない。今度会ったら、また、ちゃんと好きになってしまうかもしれないから。




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1/24、幕張メッセイベントホールにて「黑ミサ BIRTHDAY」を観た。HYDEが毎年富良野でおこなっているFCイベントの会場を、東京に移したアコースティックコンサートである。富良野でおこなわれる「黑ミサ」は、彼個人のFCに入っていないこともあって縁がなく、前回の幕張公演は仕事の都合がつかず泣く泣く諦めたので、今回が初めての黑ミサ体験だった。

彼がいま歌いたい歌をセレクトしたというセットリストは、彼名義の歌ばかりではない。彼が所属しているモンスターバンドの歌もあれば、彼が終わらせることを選んだ仲間たちとの歌もある。また昨年末の歌合戦で披露されたコラボ曲や、平成の冬を代表する名曲のカバーも名を連ねていた。どの曲にもアコースティックアレンジが施されており、いままで曲に対して抱いていたイメージが新たに生まれ変わる曲も多かった。それは彼が、歌に対する想いを年々増していることがひとつの要因ではないだろうか。

この日彼が響かせた歌は、彼の人生が透けていた。
ヴォーカリストとして生きてきた人生、故郷がある人の人生、仲間がいる人の人生、もう会えない人がいる人の人生、愛する人の幸せをこれから先も願う人の人生、仲間との別れを悲しむことができる人の人生…。
いまとなってはプロフェッショナルとしてステージに立っていることが当たり前となった。ただし今回に限っては普段のライブで観ることのできない、感情が表出することを厭わない生身の覚悟に圧倒された。それは決してプロフェッショナルを感じないわけではなく、むしろ真逆の佇まい。自身が歌うための空間を支配するたったひとりの指揮者。すべてのまなざしが彼に注がれる。しかし何人も彼にはさわれない。これがHYDEだ。

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